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浦和地方裁判所川越支部 昭和55年(わ)672号 判決 1988年1月28日

《本籍・住居》《省略》

医師(元病院長) 北野千賀子

右の者に対する保健婦助産婦看護婦法違反被告事件について、当裁判所は、検察官竹内康尋出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役八月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(被告人の経歴等)

被告人は、昭和二三年帝国女子医学専門学校を卒業し、同二四年医師の免許を得て埼玉県下や都内の病院に勤務したが、同三二年に医学博士の学位を取得し、同三三年には埼玉県所沢市二丁目一番一三号において医療法人芙蓉会第一診療所を設けるとともに、同市緑町一丁目一八番二号において個人で開設していた芙蓉会産院に勤務していたが、同三六年四月ころ当時不動産関係の仕事をしていた北野早苗(以下、「早苗」という)と知り合い、その後、同人が先妻と離婚するに伴い、同四六年七月五日同人と婚姻した。

ところで、早苗は、前記第一診療所が昭和三八年ころ閉鎖されたことから、同診療所の建物と土地を買い取り、これに隣接土地を買い増したうえ、同四二年八月右医療法人芙蓉会の理事長となって同所において新たに同法人の開設にかかる富士見産婦人科病院(以下、「富士見産婦人科病院」という)を設けた。また、同四三年九月前記芙蓉会産院は富士見産婦人科病院分院となったが、被告人は当初右分院の管理医師たる分院長となり、同四六年には富士見産婦人科病院の管理医師として同病院の院長に就任し、以後同病院の医療に関する業務を統轄するとともに同病院において自ら医療業務に従事していたものである。

(罪となるべき事実)

被告人は、医師の免許を有し、富士見産婦人科病院院長として同病院の医療に関する業務を統轄するとともに、自ら医療業務に従事していたものであるが、

第一  早苗が看護士、准看護士の免許を受けておらず、かつ法定の除外事由がないことを知りながら、同人と共謀のうえ、被告人において、別表(一)記載のとおり、昭和五三年一月六日から同五四年一〇月九日までの間、二一二回にわたり、早苗に対し、連絡票やME指示表などにより甲原三子ほか一三三名の患者に対する生理学的検査である超音波検査(以下、「ME検査」ともいう)を指示し、早苗において、その都度富士見産婦人科病院において、右患者らに対して超音波検査を実施し、

第二  早苗の先妻との間の長女で、昭和五〇年四月から富士見産婦人科病院院長秘書として勤務していたV子が、看護婦、准看護婦の免許を受けておらず、かつ法定の除外事由がないことを知りながら、同女と共謀のうえ、被告人において、別表(二)記載のとおり、昭和五四年二月二七日から同五五年九月二日までの間、被告人が行った甲川二子ほか四〇名の患者に対する開腹手術における創部縫合に際し、四二回にわたり、V子に対し、手術予定表の第一助手欄に同女の氏名を記載するなどして患者の筋膜の縫合糸の結紮を指示し、V子において、その都度富士見産婦人科病院手術室において、右患者らに対して筋膜の縫合糸の結紮を行い、

第三  被告人の姪で、昭和五三年五月から富士見産婦人科病院の秘書として勤務していたW子が、看護婦、准看護婦の免許を受けておらず、かつ法定の除外事由がないことを知りながら、同女と共謀のうえ、被告人において、別表(三)記載のとおり、昭和五四年二月二二日から同五五年五月一七日までの間、一六回にわたり、W子に対し、診療録中の医師指示録に術前Aなどと記載するなどして甲川二子ほか一二名の患者に対する生理学的検査である心電図検査(体表誘導によるもの)を指示し、W子において、その都度富士見産婦人科病院において、右患者らに対して心電図検査を実施し、

もって、いずれも無免許で診療の補助をなすことを業としたものである。

(証拠の標目)《省略》

(争点についての判断)

本件事案にかんがみ、主な争点に対する当裁判所の判断と事実認定に関する若干の補足的説明を加えることとする。

第一公訴棄却の判決を求める主張について

一  憲法三一条違反等の主張

弁護人は、公訴事実第一、第三につき、早苗、W子がそれぞれ実施していたME検査、心電図検査は、いずれも臨床検査技師、衛生検査技師等に関する法律(以下、「臨衛法」という)施行令一条所定の検査であり、保健婦助産婦看護婦法(以下、「保助看法」という)五条、六条(六〇条一項)(以下、「保助看法五条等」という)の診療の補助にはあたらない、しかるに検察官の本件起訴は、右早苗、W子によって実施された単なる臨衛法上の無資格検査を、同法にその処罰規定がないことから、保助看法三一条一項、三二条の違反として処罰しようとするものであり、憲法三一条に違反し許されないと主張するが、本件において早苗、W子が実施していたME検査、心電図検査は、いずれも後述するとおり、単なる臨衛法上の検査として行われたというものでなく、保助看法五条等の診療の補助として行われたものであって、検察官がこれを同法三一条一項、三二条に違反するものとして起訴したことに何ら違法不当な点は存しない。

なお、弁護人は、本件ME検査及び心電図検査が保助看法五条等の診療の補助にあたるとしても、臨衛法二〇条の二第一項は保助看法との業務制限に関する調整規定にすぎず、臨床検査技師の資格のない者もその名称さえ使用しなければ生理学的検査である本件ME検査及び心電図検査を行うことはもともとさしつかえないので、保助看法三一条一項、三二条の罰則に従って処罰することは許されない旨主張するので付言すると、右臨衛法二〇条の二第一項は、看護婦、准看護婦、看護士、准看護士(以下、「看護婦等」という)の資格を有する者の独占業務とされていた診療補助業務のうち、採血及び生理学的検査として行われる診療補助について、臨床検査技師の資格があればこれを行うことができ、保助看法三一条一項、三二条にも違反しないことを規定したものであり、他方、早苗、W子のような無資格者が診療の補助として右採血及び生理学的検査を行えば当然右保助看法の罰則の適用があることは立法経過等に照らし明らかである。すなわち、医療検査業務の複雑化、専門化に伴い、診療補助業務のすべてを看護婦等の独占業務とすることは、右検査業務の健全な発展を阻害するばかりでなく、検査機器の進歩によりあらゆる診療補助業務を看護婦等の独占業務としておく必要もなくなり、そのため、漸次医学的知識と技術を有する一定の資格者に対し、看護婦等の資格がなくとも、特定の診療補助業務を行うことを認めるようになったが、臨床検査技師についても、昭和四五年法律第八三号衛生検査技師法の一部を改正する法律により改正された臨衛法三条一項により(右改正により法律名も「衛生検査技師法」から現行の「臨床検査技師、衛生検査技師等に関する法律」と改められた)、国家試験に合格し厚生大臣によって免許を付与されることにより、その資格を取得することとするとともに、同法二〇条の二第一項により診療の補助として採血及び生理学的検査を行うことを業とすることを認めるに至ったものである。これを実質的にみても、臨床検査技師は、衛生検査技師とは異なり国家試験合格による資格の取得を義務づけられ(臨衛法三条一項)、一定の水準の医学的知識と技術を習得し、就中採血及び生理学的検査に関する専門家であり(臨衛法二条一項、二条、同法施行令一条、一〇条等参照)、この分野において医師の指導監督の下に診療補助業務を行うことを認めても、看護婦等が行う場合と同様、衛生上危害を生ずるおそれはないものと考えられるが、他方、無資格者について診療補助業務のうち、右採血及び生理学的検査を伴う場合に限り特にこれを是認すべき合理的理由は何ら存しない。そして本件ME検査及び心電図検査は右の生理学的検査であり、無資格者がこれを診療の補助として行えば、採血を行った場合と同様に、無資格診療補助行為として保助看法三一条一項、三二条により処罰されることはいうまでもない。

所論はいずれも採用できない。

二  公訴事実の記載不備の主張

また、弁護人は、本件のような特別法規の特殊事案においては、法定の除外事由も犯罪構成要件の一部をなすので、訴因の表示方法としてこれを具体的に明示すべきであるが、本件起訴状の各事実はいずれも法定の除外事由に関する具体的事実、罪名及び罰条の記載がないので、本件起訴状には罪となるべき事実を包含せず、ひいては公訴事実の記載がないことになるから、刑事訴訟法三三八条四号の「公訴提起の手続がその規定に違反した」ものとして公訴棄却すべきであると主張する。

そこで検討すると、本件起訴状は公訴事実として、ほぼ判示認定のとおり記載され、罪名として保健婦助産婦看護婦法違反、罰条として同法三一条一項、三二条、四三条一項一号(公訴事実第一については更に同法六〇条一項)、刑法六〇条を掲げているが、法定の除外事由に関する具体的事実、その適用条文の記載がないことは所論のとおりである。しかしながら、本件保助看法違反において、法定の除外事由がないことは犯罪の成立阻却事由であって、構成要件的事実をなすものではないから、訴因の表示としてこれを明示することを必ずしも必要としないものであり(本件では「法定の除外事由がない」との記載がなされているので問題がない)、いわんや所論指摘のような除外事由に関する具体的事実、その適用条文等を記載する必要のないことはいうまでもない。なお、被告人は、本件において、早苗、V子、W子がいずれも看護士、准看護士、看護婦、准看護婦の資格はもとより医療上の何らの資格を有しないことを知悉し、自らその旨の供述をしていたものであり、防禦の面でも実際に何ら支障のなかったことは審理経過等に照らし明らかである。所論はいずれにしても理由がない。

三  公訴権濫用の主張

弁護人の本件起訴が公訴権の濫用にあたるとの主張は多岐にわたるが、その主たるものの要旨は、(一)本件公訴事実のうち、第一、第三は、いずれも単なる臨衛法上の無資格検査を、同法にその罰則規定がないことから、擅に保助看法に関連せしめ、同法の無資格診療補助の罰則を適用して起訴したものであって、本件起訴には検察官の過失ないし起訴裁量権の逸脱がある。(二)被告人及び医療法人芙蓉会に対する医療法上、医師法上の直近指導監督機関は、所沢保健所であるが、同保健所長小島哲雄は、富士見産婦人科病院を医療監視した際、早苗が本件ME検査を実施しているのを見ながら、これを放任し注意を与えなかったものである。しかるに、検察官は右早苗のME検査を本件で保助看法違反として起訴しているが、これは行政の怠慢の責任を被告人に帰せしめるものであるのみならず、行政による欺瞞、犯罪の挑発、更には一種の囮捜査を容認したものであって許されるべきではない。(三)臨衛法、保助看法は今日我国において必ずしも遵守されるべき状態にない。すなわち、医師の診療に伴う療養上の世話及び診療補助の各業務は、看護婦、准看護婦の慢性的不足の結果、何ら医療法上の資格を有しない看護助手や付添婦などの援助なくしては到底満足できない状態にあり、またこれらの無資格者による診療の補助はむしろ慣習化したものとしてすでに公認されている。しかるに、検察官は本件において右と同様の無資格者による本件各行為を、ことさら犯罪としてとりあげ、保助看法違反として被告人を起訴したものであり、かかる起訴は偏頗で差別的不公平な起訴であって許されない。(四)本件各行為は、いずれも患者の身体に全く危害を及ぼすおそれのない、可罰的違法性の極めて乏しいものであり、起訴価値がない、というものである。

1 そこで、先ず、所論(一)について検討すると、本件ME検査及び心電図検査は、後述するとおり、いずれも単なる臨衛法上の検査ではなく、保助看法五条等の診療の補助として行われたものであるから、所論はその前提において失当であり、とうてい採用できない。

2 次に、所論(二)についてみると、関係証拠によれば、所沢保健所長であった小島哲雄が、富士見産婦人科病院では早苗が患者にME検査を実施したうえ、子宮が腐っている、卵巣が腫れているなどと診断を下し、これによって手術が行われているとの情報を得て、昭和五四年二月一日と同五五年二月二五日の二回にわたり富士見産婦人科病院を訪れ、医療監視を行ったこと、そのとき早苗がME検査を実施しているのを見たが、保健所の行政指導では根本的に改善させることはできないと判断し、警察の捜査に委ねることとし、被告人や早苗に対し特にME検査が保助看法にふれる旨の注意を与えたり、早苗によるME検査を禁止するなどの措置をとらなかったことが認められる。そして、右保健所長の被告人らに対する対応については、早苗の実施していたME検査が、こと患者の医療上、健康上の問題に直接関係した重大な事柄であったことを考慮するとき、必ずしも適切な措置とは言い難いが、本件起訴は専ら検察官、警察官の独自の捜査に基づきなされたものであって、起訴にかかわる検察官において、被告人を本件で起訴するためにことさら保健所所長を利用したり、前記のような対応をするよう慫慂したものでないことは関係証拠上明らかであって、本件起訴を無効ならしめるような違法、不当な点は存しない。所論は採用できない。

3 また、所論(三)についてみると、看護婦等の不足のため無資格者による診療の補助が慣習化し公認されているとの弁護人の主張は肯認すべき証拠もなく、とうてい採用できないのみならず、無資格者による本件診療の補助は、判示認定のとおり、被告人の指示により富士見産婦人科病院における診療システムの一環に組み入れられ、相当長期間にわたって行われていたものであって、患者、医療関係者に与えた影響はもとより、国民の医療に対する信頼を失遂せしめた悪質な事犯であり、検察官が被告人を本件で起訴したことに、所論主張のような偏頗で、差別的不公平な点は存しない。なお、弁護人が無資格者において診療の補助を行うことを行政当局が公認しているとして主張する事例は、いずれも本件と事案を異にし、採用できない。

4 また、所論(四)についてみると、本件ME検査及び心電図検査それ自体が人体に害を及ぼすものでないこと、実際に本件により患者において事故が発生しなかったことをもって、被告人の本件犯行が是認されるものでないことはいうまでもない。そして、本件犯行の罪質、態様、本件が患者、医療関係者等に及ぼした影響を考慮すると、本件各行為の可罰的違法性は相当高く、悪質な犯行と認められる。所論はとうてい採用できない。

第二ME検査について

一  ME検査

押収してある取扱説明書等、超音波診断技術入門テキスト、図解産婦人科超音波検査法、MODERN MEDICINE等によれば、ME検査(超音波検査)は、レーダーに使用されている超音波の原理を応用したものであって、超音波を患者の身体に投射し、その反射波を検出することにより、体内の臓器等の断層面をブラウン管に投影させ、この断層影像によって患者の体内の状態を読み取り判断するものである。右検査に用いられるME装置が診断機器であるか検査機器であるかはさておき、同装置は体内の臓器等の状態を種々の角度から視覚により観察することができることから、医師の内診所見や従来の検査によっては発見できなかった患者の病状、病変の有無及びその程度等を明らかにするのに役立っている。産婦人科の分野においても、超音波がX線と違って母体や胎児に害がないことから、婦人生殖器の位置及び形状、子宮筋腫、卵巣嚢腫、胞状奇胎等の病状、病変の有無・程度、胎児の状態、妊娠期間、着床、正常妊娠と異常妊娠等を判定し、判断するのに利用されているものである。

二  富士見産婦人科病院におけるME装置の導入と早苗がME検査を実施するに至った経緯等

関係証拠によれば、早苗は、昭和四六年六月ころ、埼玉県所沢市内の医療器具販売会社のセールスマンからME装置の購入をすすめられ、被告人と相談のうえ、当時としては開発されたばかりで、まだもの珍しかったME装置(アロカSSD―三〇B)を購入したものであるが、当初はB医師が中心となり、これにF医師、G臨床検査技師が加わってME検査を実施していたが、同年一〇月F医師が退職し、その後G臨床検査技師も本来の検査の仕事が忙しくなったため、ME検査から離れ、以後B医師一人がME検査を担当するようになった。その後、本院の二階南側の部屋がME検査室として確保され、同四八年六月には新式のME装置(アロカSSD―六〇B)が購入されたが、被告人は、そのころ、外来患者の診察をしながらME検査を担当していたB医師より、診療が多忙であるという理由でME検査業務をはずしてほしいとの申し出を受け、他方、早苗は以前に電気関係の仕事をしていたことからME検査に興味を持っていたうえ、B医師をME検査から外して外来患者の診療に専念させた方が富士見産婦人科病院における患者の流れもよくなると考えたため、被告人と早苗は相談のうえ、医局会議において、早苗がME検査を担当することを各医師に伝え、ME検査を実施するようになったものである(被告人作成の昭和四八年八月二五日以降の医師勤務表のME検査担当者欄には、月曜から金曜までの週五日間「北野(理)」と記入され、早苗が毎週五日間ME検査を担当することとなった)。早苗は当初B医師から、実際に患者にME検査を実施しながら、ME装置の操作の仕方や断層影像を見て患者の病状・病名等を判断する方法について指導を受けていたが、同年一〇月以降は早苗が単独でME検査を実施するようになり、その後超音波やME検査に関する参考文献を読んで研究したり、経験を積んだことから、同五〇年一〇月ころには断層影像やME写真をみてほぼどのような患者の病状・病名についても判定するようになり、以後同五五年九月本件により逮捕されるまでME検査を継続して実施していたものである。なお、富士見産婦人科病院においては、右早苗のME検査に対し、ME主任管理医師の制度が設けられ、その開始時期や実施については後述するとおりであるが、当初はB医師が、同五四年六月一八日以降はH医師がそれぞれ被告人によってME主任管理医師に任命されている。

三  本件ME検査の概要

関係証拠によれば、早苗が本件において行っていたME検査は次のとおりである。すなわち、早苗は、被告人ら担当医師(富士見産婦人科病院においては、来院した患者が引き続いて通院したり入院したりする場合、原則として最初にその患者を診察した医師が、引き続き診察を担当することになっており、本件記録中には右医師を主治医と称する例もあるが、ここでは担当医師と表示する)から回付されてきた連絡票あるいはME指示票(ME検査指示は、後述するとおり、当初連絡票により、昭和五三年一二月ころからはME指示表により行なわれていたが、以下、特にことわらない限り、いずれをもME指示表として表示する)の指示により、ME検査を実施していたものであるが、カルテ(診療録)、ME指示表、医事相談指示用紙(以下、「医事相談指示表」あるいは「コンサル指示表」という)が廻されてくると、先ずME指示表及び医事相談指示表にひととおり目をとおし、担当医師の意向を把握したうえ、患者をME室に入れてベッドに仰臥させ、補助者として同席していた担当秘書をして着衣を脱がせて患者の下腹部を露出させ、下腹部に流動パラファンを塗布させた後、自らME装置のスウィッチを入れて画像や超音波の届く深度の目盛りなどを調節したうえ、超音波を発する探触子を患者の下腹部に密着させてこれを上下、左右に移動走査させ、下腹部内の臓器等の断層面をブラウン管に投影させながら(探触子を走査させると画像もこれに応じて絶えず変化する)、通常一五分から三〇分位の時間をかけてその断層影像を観察したが、その間、鮮明な病状・胎児等が映し出されると、その影像を固定させたうえ、担当秘書に指示をしてポラロイドカメラでその影像を写させた(なお、昭和五四年三月購入したオクトソンという名の機種の場合は、探触子を手に持って走査させる必要はなく、患者をベッドの上に伏臥させ、患部に照準を合わせるだけで断層影像をブラウン管に映し出すことができた)。そして、担当秘書が右に撮影した影像写真をB四判の大きさのコピー用紙に貼付しこれをコピーにしたうえ、患者の氏名、年齢、作成日付等を記入して早苗のところへ持参すると、同人は右ME写真のコピー用紙の余白に、ME装置を操作して自ら観察し認識した患者の具体的病状・病名等を、必要な場合には臓器の図解を示して記入し、その後これを担当秘書が再びコピーにとり、その下欄に「ME参考要検討乞」とのゴム印を押して保険カルテの末尾に貼付し、これを事務局を経て、ME主任管理医師、担当医師に回付していたものである。

四  弁護人の主張に対する当裁判所の判断

1 本件ME検査と診療の補助

ところで、弁護人は、右早苗が実施していたME検査は単なる臨衛法上の検査であって、保助看法五条等にいう診療の補助にあたらないと主張する。

そこで検討すると、ME検査自体が臨衛法施行令一条八号の超音波検査であることは所論のとおりである。しかしながら、関係証拠によれば、早苗は本件ME検査を担当医師である被告人の指示を受け診療の補助として行っていたことが明らかである。すなわち、前記のとおり、被告人は患者を診察しME検査が必要であると判断すると、ME指示表によってME検査指示をなし、他方、早苗は右指示をうけて本件ME検査を実施し、患者の臓器の状態等をポラロイド写真にとってコピーにしたうえ、検査結果を右ME写真コピーの余白に記入し、これを保険カルテに貼付して被告人に回付し、また、右ME検査結果は、実際に被告人において診断・治療の参考資料として利用していたものであって、本件ME検査は富士見産婦人科病院における診療システムの一環として実施されていたものである。加えて、ME検査は人体そのものを検体とするところの、本来医師が行うのでなければ衛生上危害を生じ、又は生ずるおそれのある医行為であり(保助看法三七条一項)、これを医師以外の者が医師の指示を受けて診療の補助として行う場合は、保助看法五条等の診療の補助として、保助看法所定の適用を受けるものといわなければならない。

なお、弁護人は、本件ME検査は無害であるから、保助看法五条等にいう診療の補助にあたらないとも主張しているので付言すると、ME検査そのものがX線照射のように人体に害を及ほすものでないことは所論のとおりである。しかしながら、本件ME検査は患者の診療システムの一環として実施され、検査結果は実際に患者の診断・治療のための参考資料として利用されていたものであって、医師が自ら行うか、前叙の診療補助者としての資格を有する者が医師の指示を受けて行うのでなければ、患者の診断・治療に重大な結果を招来するおそれの存することは多言を要しないところであり、ME検査そのものが人体に無害であることは、本件ME検査を保助看法五条等の診療の補助として認定するうえで何ら障害となるものではない。

所論はいずれも理由がない。

2 本件ME検査と医師の指示、指揮・監督

また、弁護人は、早苗の実施していた本件ME検査は、医師である被告人の指示を受け、ME主任管理医師の指揮・監督の許に行われていたので、保助看法三一条一項、三二条に違反しないと主張する。

そこで検討すると、早苗が被告人の指示を受けて本件ME検査を実施していたことは、所論のとおりである。しかしながら、早苗が実施していた本件ME検査は、前叙のとおり、本来医師が行うべき医行為であって、本件のように無資格者が実施主体となってこれを行うことは、医師の指示あるいは指揮・監督の許に行うとしても許されないものといわなければならない。すなわち、早苗の本件ME検査は、前述したとおり、医師の指示を受けて診療の一環として実施され、しかも人体そのものを検体とするところの医行為であって、ME装置の複雑かつ微妙な操作技術に加え、人体の臓器の形状等に関する解剖学的知識と経験が必要であり、また各臓器の正常時の状態等を予め知悉したうえ多種多様の病変に対応してこれを適確に判定する生理学的、病理学的知識と経験が必要であって、本来医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為である。そしてかかる行為を医師以外の者が行うについては、看護婦等は保助看法三七条一項により医師の指示によることが必要とされ、また、臨床検査技師は臨衛法二条一項により医師の指導監督の下に行うことが必要とされていること等からも明らかなように、診療補助者としての資格が必要であり、早苗のような無資格者については、たとえ医師の指示、あるいは指揮・監督の許に行うとしても、許されないものと解される。

なお、弁護人は、早苗は本件ME検査について医師の補助者あるいは手足として関与していたにすぎないので、保助看法三一条一項、三二条に違反しないと主張するので、本件ME検査に対する医師の指示、指揮・監督の実態について若干検討を加えておく。

先ず、被告人を含む担当医師の指示についてみると、関係証拠によれば、次のとおり認められる。すなわち、富士見産婦人科病院においては種々の連絡を行うために連絡票が利用され、担当医師がME検査担当者に検査を依頼する際にも患者の氏名及び検査すべき部位などを連絡票に記載し、これをME検査担当者のもとに送ることによって同検査の実施を指示していたものであり、昭和五三年一一月ころ、被告人がB医師に依頼して、右連絡票に代えてME検査の指示のために用いるME指示表を作成させた。そして、同指示表には「胎児異常の有無(位置・発育・胎心・奇型)」「胎児異常の有無(位置・組織)」「子宮筋腫の有無と状態」「卵巣腫瘍の有無と状態」など十数項目にわけて検査の部位、要点が印刷されていて、これに担当医師が必要な箇所にチェックをすることによって、MEによる検査を指示するものであった。被告人も、本件において、担当医師として右連絡票あるいはME指示表にME検査を依頼する旨を記載し、これをME室にカルテとともに送付していたが、これらの指示内容をみると、連絡票に記載された内容は「子宮と卵巣の状態」「胎児の経過と大きさ」という程度のものであり、また、ME指示表も前述したように印刷された探査指示内容欄にチェックがなされていただけであった。

以上のとおり、担当医師は、ME検査を指示する際に連絡票あるいはME指示表により検査項目を指摘したうえで指示していたが、それらはいずれも早苗の行うME検査自体に対する指揮・監督を含んでおらず、むしろ、早苗がME検査の担当者であることを前提とした検査の依頼というべきものであった。また、被告人が公判廷においてME検査指示の追加補充の具体例として供述するところを検討してみても、早苗の行ったME検査の結果が「内容物なし、外妊の疑。」というものであったにもかかわらず、子宮内膜掻爬を実施したところ、内容物が多く出たため、連絡票に「内容物沢山でました。みておいたほうがよいと思います。」と記載してME室宛に連絡したという単に再検査を指示したものにすぎず、早苗に対しME検査そのものに関する具体的な指示が追加してなされたものではなかったことが認められる。更に、被告人は、捜査及び公判各段階を通じ、早苗のME検査能力は富士見産婦人科病院の医師よりも優れており、早苗の行ったME検査の結果を診断に利用していたと明確に供述しており、B医師、H医師、C子医師ら富士見産婦人科病院における他の医師も同様の証言をしているのであって、被告人が担当医師としてME検査を指示するに際し、特にME検査自体に関する指示は行なっておらず、むしろ、早苗のME検査能力を信頼し、同人がME検査の実施主体であることを前提に検査を依頼していたことが明らかである。

次に、ME主任管理医師に任命されていたB、H各医師の早苗の本件ME検査に対する指揮・監督の実態についてみると、被告人及び早苗の捜査段階における各供述、B医師、H医師、C子医師の各証言並びに押収してある連絡票二通等によれば、以下のとおり認められる。すなわち、被告人は、昭和四八年八月ころから早苗にME検査を行わせていたが、同五三年一一月ころ、従来担当医師がME検査担当者に対してME検査を依頼する際用いていた連絡票に代えて、ME検査を依頼するための専用紙としてME指示表を作成し、同指示表により検査を指示することによってME検査を管理し、その最終管理をB医師に依頼しようと考え、B医師に右ME指示表の作成を依頼するとともに、同月二八日の医局会議において同医師をME主任管理医師として選任した。しかし、右選任の際、被告人は、ME検査もレントゲン検査のように、カードを作成し緊急の検査である旨の指摘や検査項目を記載することによって管理する旨の説明をした以外、B医師に対して、管理の方法、内容についての指示を与えることはせず、また、ME主任管理医師として早苗のME検査に立ち会う旨の指示をしたこともなかった。そして、B医師がME主任管理医師として行ってきた管理の内容は、ME検査後、一日に行った検査に使用されたME指示表が富士見産婦人科病院二階北側の医局室にあるB医師の机まで送られて来て、同医師がこれを一括して点検することであったが、同医師のもとへ送られて来るのはME指示表のみで、カルテなどは送られて来ないため、同医師がME指示表を点検することによって行える管理とは、ME検査の検査事項や数量を事後的に確認することにすぎなかった。B医師は、右サインを一括して行うため、ME指示表を午後四時から午後四時半までの間に持ってくるよう秘書課関係者に依頼する旨の連絡票を事務局長に作成させたうえ、同五四年一月一八日これを秘書課関係者に回覧させたこともあった。また、担当医師がME検査を指示した場合、右指示事項を記載したME指示表は、秘書課の職員によって直接早苗のもとに届けられており、検査の前にME主任管理医師であるB医師のもとへME指示表が送られることはなく、B医師がME主任管理医師としてME検査に関与するのは、事後的にME指示表にサインすることのみであり、例外的に重要な疾病の疑いのある患者などの場合に早苗のME検査に立ち会い、MEの画像を検討することもあったが、その回数も早苗がME検査を担当するようになってから一〇回位にすぎないものであり、その際、特に早苗のME操作について指導を行ったというものではなかった。このように、B医師がME主任管理医師として早苗のME検査に立ち会うなどして同人のMEの操作について指示を与えるようなこともなく、ME主任管理医師制度が設けられた後も従前通り早苗は単独でME検査を実施していたものである。ところが、被告人は、その後、早苗から「俺のことを偽医者と言っている奴がいるらしい。」と言われ、そのような評判が立たないようにするため、それまで早苗が単独で行ってきたME検査に医師を立ち会わせることを考え、同五四年六月一四日医局会議において、B医師に代えてH医師をME主任管理医師に選任し、同医師にME検査室に勤務させ、早苗のME検査に立ち会うよう命じた。その際、被告人はH医師に対して、ME検査には医師の立ち会いが必要であるが、女医は機械に弱く、B医師は忙しいので、自動車を運転できるH医師にお願いしたい、MEの操作はそのうち覚えるとして、最初は検査に立ち会うだけでよいと告げている。そこで、H医師は、同月一八日からME室に勤務するようになり、早苗のME検査に立ち会っていたが、ME検査の経験も乏しく、早苗の方がMEの操作技術に関しても優れていると考え、早苗の実施するME検査については何ら指示を与えることもなく、ただ、早苗の行う検査を傍で見ていたにすぎず、また、ME指示表についても、B医師と同様、検査の前にH医師において点検するようなことはせず、検査を指示した担当医師から秘書課職員の手を経て、直接早苗のところへ送られており、H医師は検査の後に一括して指示表にサインをするにすぎなかった。また、H医師は、早苗が不在のときなどにME検査を実施することもあったが、担当医師が特に早苗の検査を希望することもあり、そのようなときは、ME指示表の患者氏名欄に○印を付けることによって早苗の検査を希望する意思を表すなどしており、富士見産婦人科病院の医師はいずれもME検査については、むしろH医師よりも早苗の能力を評価していたものである。

なお、被告人、早苗、O子、I子らは、公判廷において右認定に反する供述をしているので、その信用性について以下に検討を加えておく。

(一) 被告人は、公判廷において、昭和四六年富士見産婦人科病院にME室が設置された際、既に、ME主任管理医師を置いていた旨供述する。しかし、被告人は捜査段階において右以前にME主任管理医師制度があった旨の供述を明確にはしておらず、B医師も公判廷において同五三年一一月ME主任管理医師に任命されたと供述するが、それ以前にME主任管理医師制度があったとは供述していない。同四八年八月二五日から実施された医師勤務表をみると、ME担当者欄には医師の氏名ではなく、早苗の名が記載されている。また、同五三年一一月以降使用されたME指示表にはME主任管理医師のサインがあるが、それ以前に使用されていた連絡票にはME主任管理医師に相当する医師のサインが見当たらない。また、医局会議録二冊をみても、同四八年六月四日、当時ME検査を担当していたB医師がME検査の結果について言及しているが、同年八月二五日以降早苗がME担当になり、その後、同五三年一一月二八日被告人がMEもレントゲン検査と同様にカードを使用した管理を提言し、その最終管理をB医師に依頼するまでの期間の記載の中には、医師によるME検査の管理に関する記載は見当たらない。なお、弁護人は医局会議録の昭和五三年四月一〇日のB医師(副院長)の発言をもってME主任管理医師としての発言であると主張するが、同発言はカルテの整備に関する発言であり、必ずしも、ME検査の管理を行っていることに起因する発言とはいえない。また、同五三年以前にB医師の外来診察室にMEのモニターが設置されていた事があるが、後述するように、モニターは昭和五三年の増改築の際撤去され、同医師は、その設置されていた期間は短期間であるためそれほど多くの症例をモニターで見ておらず、あまり利用しなかったのであるから、モニターの設置のみによって昭和五三年一一月二八日以前にME主任管理医師の制度が存在したと認めることはできない。

(二) 被告人は、公判廷において、B医師が外来診療その他で手が離せない場合を考慮し、ME室における早苗のME操作を監督できるよう外来診察室にMEモニター三台を設置し、更にME室との間にインターホンを架設することにより、診察室からもモニターを見ながらインターホンで指示できるようにしていた旨供述し、B医師も公判廷において、同医師の外来診察室にMEのモニターが設置されていたと供述している。しかし、同医師はモニターは昭和五三年の増改築の際撤去され、その設置されていた期間は短期間であるためそれほど多くの症例をモニターで見ておらず、あまり利用しなかった旨供述しており、右モニターを通して早苗の本件ME検査を指揮・監督していたものと認めることはできない。

(三) また、被告人は、公判廷において、B医師はME主任管理医師として単に早苗のME操作を指揮・監督するだけでなく、ME主任管理医師として自らMEを直接操作し、ME検査を実施していた旨供述し、押収してあるME写真九七枚を挙げる。たしかに、同写真によると、昭和四八年七月二日から同四九年六月二日までの間、B医師がMEを操作したうえME写真を撮影し、これに同医師の所見を書き加えていたことが認められる。しかし、その多くは同四八年七月ころのものであり(同四八年七月二二件、同年八月七件、同年一〇月四件、同年一一月三件、同四九年六月一件)、前述したように、早苗は同四八年八月二五日から実施された医師勤務表にME担当者として記載されるなどしてME検査を実施していたが、当初は、それまで富士見産婦人科病院においてME検査を担当していたB医師からME操作に関する指導を受けていたものであって、この時期にB医師がME検査を行ったからといって不自然ではなく、むしろ、前期検査件数の推移は早苗が次第にME検査を単独で実施するようになったことと符合している。しかも、同年一一月二七日の次は翌四九年六月二日までそのような写真はないうえ、右昭和四九年六月二日は日曜日であり、当時ME検査を担当していた早苗でなく、以前ME検査を行った経験のあるB医師が何らかの理由により偶々ME検査を行ったと考えても不思議ではなく、むしろ右の間、同医師によるME検査は行われなかったと認められる。

(四) また、被告人は、公判廷において、B医師がME主任管理医師の職務に熱心であったことの例として、B医師は、H医師がME主任管理医師となった後も同医師の補助を行い、ME指示表にH医師とともにME主任管理医師としてサインをするほか、ME写真のコピーにもサインしていると供述する。たしかに、いくつかのME指示表、ME写真コピーなどによると、H医師がME主任管理医師に就任した後も、B医師が自分の担当の患者であるかないかにかかわらず、ME検査に際してME指示表などに、H医師とともにサインをしていることが認められる。しかし、H医師がME主任管理医師となったにもかかわらずB医師がME主任管理医師としてME検査を管理しなければならなかったというのはいささか不可解であるばかりでなく、これらのサインからB医師がどの程度の管理を行っていたかをいうことはできず、結局、前記認定を左右するには至らない。同様に、他のME写真コピー一二通にも、B医師が同コピーの余白にチェックをした旨のサインや若干のコメントを書き添えていることが認められるが、このことによって、B医師が、ME検査終了後、事後的にME写真など検査結果を見た事例の存することは認められるが、同医師が、早苗のME検査に関して、何らかの指示を与えたことまで窺わせることはできず、結局、右サインやコメントのみでは、早苗のME検査に対してB医師が如何なる指揮・監督を行ったかをいうことはできない。

(五) 一方、被告人は、公判廷において、H医師はME主任管理医師として自らMEを操作し、検査所見を記載するなどして職務を全うしていた旨供述する。たしかに、いくつかのME指示表、ME写真コピーによると、H医師が自らMEを操作してME検査を行ったうえ、ME写真コピーに所見を記載していることが認められ、また、昭和五四年七月二四日付け連絡票によると、ME検査を依頼するにあたり特に早苗のME検査を希望する場合の依頼方法が定められていたことが認められ、以上によると、当時早苗の他にH医師もME検査を担当することがあったと考えられるが、関係証拠によると、H医師がME室に専属で勤務するようになった理由のひとつに、早苗が看護学校の設立などで多忙となり、早苗の代わりにME検査を担当することも期待されていたことが認められるのであって、H医師が早苗の代わりにMEを操作してME検査を行ったからといって、直ちに、その当時行われた早苗のME検査がH医師の指揮・監督の下で行われていたことにはならず、そればかりか、右連絡票によると、ME検査を依頼した場合、原則的にH医師がこれを行うことになっていたと考えるより、当時、本件病院においては早苗の行うME検査の方により高い信頼がおかれていたことから、特に希望しない場合に限り、早苗かH医師のどちらか都合の良い者がME検査を実施していたものと考えられ、むしろ、ME検査に際してのMEの操作自体は早苗が中心になって行っていたと認められる。

(六) また、当時B医師の外来診療の補助をしていた婦長O子は、公判廷において、ME検査が行われた後、写真などの検査結果は、一旦ME主任管理医師であるB医師のところへ運ばれ、同医師がその結果を見て、これにサインしたうえで担当医師に回付しており、また、B医師は一日のうち三、四回はME室に赴き、早苗のME検査に立ち会い、B医師の使用していた診療室のドアのうちME室に近いドアについては、常に鍵を外しておくように指示されており、看護婦などがこれを怠ると、叱られたと供述している。しかし、その供述内容を検討するに、右O子は、B医師のサインについて、同医師はサインに厳格で自分が納得しなければサインをせず、改めてME検査を命じていた旨供述するも、B医師がどのような点について納得しなかったのかについて明確な供述をしておらず、しかも、O子は、B医師が一日のうち三、四回はME室に赴いていたなど前に検討したB医師の供述及び押収してある連絡票などから認められる事実と余りに掛け離れた、明らかな誇張と思われる供述をしていること、加えて、O子自身将来も富士見産婦人科病院に勤務する旨供述していること、被告人は同病院の院長であったことを併せ考えると、右O子の供述はにわかに措置できない。なお、B医師の供述によると、右ドアは診療室内部から開閉でき、B医師が診療室からME室に赴く際にドアの鍵が掛かっているか否かは特に問題とはならず、また、右ドアについては他の目的で利用することも考えられ、B医師が右ドアの鍵をいつも開けておくように言っていたからといって、同医師が頻繁にME室に赴いていたことにはならない。

(七) また、ME室に勤務し早苗のME操作を補助していた秘書I子は、公判廷において、ME指示表は担当医師から一旦ME主任管理医師であるB医師のもとへ行き、その後同医師の指示でME室に持って来ており、B医師は毎日ME室に赴き、早苗のME操作について指示し、B医師が勤務する診療室のME室に通じるドアの鍵をいつも外すように看護婦に指示していた旨供述する。しかし、右I子は、捜査段階において、ME指示表については事務局からME検査を依頼する旨の電話が入ると、ME専属の秘書のうち手の空いている者がこれを取りに行くと供述し、B医師のところへ取りに行くなどとは供述していないことが認められ、また、ME検査についてはH医師がME室に勤務するようになるまで早苗が一人で行っていた旨供述し、B医師のME主任管理医師としての管理の内容については特に触れられておらず、ただコンサル用紙を一日分まとめて、被告人とB医師が目を通していた旨供述していることが認められる。しかも、右I子は検察官に対する供述調書において富士見産婦人科病院にこれからも勤めていく心算である旨供述しておりその供述の信用性は高いといわなければならず、これに比べて、公判廷における供述は同病院の院長である被告人の面前であり被告人に不利な供述を行い難い状況にあるうえ、その内容をみても、B医師が毎日ME室に赴き、早苗のME操作について指示を行っていたなど、他の関係証拠に照らして明らかな誇張と思われる供述をしており、にわかに措信し難い。

(八) また、早苗も、公判廷において、早苗がMEを操作するにあたってはME主任管理医師の指揮・監督があり、約半数のME検査に立ち会っていた旨供述するが、ME主任管理医師がME検査に立ち会って如何なる指揮・監督を行っていたかという質問には明確な供述ができず、その供述の信用性は乏しいといわなければならない。

以上検討の結果から明らかなとおり、被告人の早苗に対する本件ME検査についての指示は、検査の依頼であり、また、ME主任管理医師に任命されていたB、H各医師の本件ME検査に対する指揮・監督なるものも、事後にME指示表に一括してサインするとか、文字どおり立ち会うだけの、何ら医療上の資格のない早苗が実施していたME検査に対する非難をかわすための名目的なものにすぎず、本件ME検査は、医師が行う検査について早苗が単にその補助者あるいは手足として関与していたというようなものではなく、早苗が自ら実施主体となってこれを行っていたものと認められる。そうすると、前叙弁護人の主張はその前提において失当であるといわざるを得ない。

所論はいずれも理由がない。

3 早苗との共謀

弁護人は、被告人は本件ME検査をME主任管理医師に依頼したものであって、早苗にこれを直接依頼したことはなく、早苗が本件ME検査を実施するについて同人と共謀した事実はないと主張し、被告人も公判廷において同旨の供述をしている。

そこで検討すると、関係証拠によれば、被告人は、前述したように、昭和四八年六月ころ、当時ME検査を担当していたB医師より、外来患者の診療に追われて多忙であるから、ME検査の担当をはずしてもらいたいとの申し出を受け、そのため同医師に代えて早苗にME検査を担当するように依頼し、早苗において右被告人の依頼を承諾してME検査を行うようになったこと、早苗は当初B医師の許で同医師の指導を受けながら行っていたが、同年八月二五日からは、富士見産婦人科病院において実施されていた医師勤務表にも、被告人の指示により早苗がME担当者として記載され、同人もこれに基づきME検査を行っていたものであること、本件ME検査はいずれも被告人からの具体的検査指示に基づき早苗が実施し、被告人自身その検査結果を患者の診察・診断に利用していたことが認められる。以上のほか、昭和五三年一一月までは所論主張のME主任管理医師の制度は存在せず、被告人がME検査をME主任管理医師に依頼することはありえないこと、被告人がB、H両医師をME主任管理医師に任命した前叙の経緯等をも併せ考えると、被告人が早苗に対し本件ME検査を指示し、早苗において被告人の右指示を受け、互いに意思を通じたうえ本件各ME検査を実施していたことは明らかであり、前記被告人の公判供述はとうてい措信できない。所論は理由がない。

4 違法性の認識

弁護人は、被告人は、保助看法の法律があることを知らなかったうえ、本件ME検査は人体に無害であり、ME主任管理医師の指揮・監督の許で行う限り、無資格の早苗がこれを実施しても何ら違法ではないと考えていた、またME主任管理医師は責任をもって被告人のME検査を直接指揮・監督しているものと認識していたので違法性の認識はなかった旨主張し、被告人も公判廷において右主張に沿う供述をしている。

そこで検討すると、早苗の実施していた本件ME検査は前叙のとおり本来医師が行うべき医行為であり、無資格者がこれを行えば、たとえ医師の指示、指揮・監督の許に行ったとしても保助看法三一条一項、三二条に違反する違法な行為であって、被告人が保助看法の存在を知らなかったことをもって、本件において被告人に違法性の認識がなかったといえないことは多言を要しないところである。しかも、被告人は、B医師をME主任管理医師に任命した昭和五三年一一月二八日以前はともかく、その後もほとんど医師の立ち会いさえない状態で早苗がME検査を実施していることを知悉しており、また同五四年六月一八日にH医師をME主任管理医師に任命し、早苗のME検査に立ち会わせるようにしたが、これは、早苗が無資格診療を行っているという非難をかわすために任命したものであって、B、H両医師とも何ら実質的な指揮・監督を行えるような状況になかったことは前叙のとおりであり、被告人自身においてそのことを承知していたことも関係証拠に照らし明らかである。

ところで、弁護人は、当時の所沢保健所長である小島哲雄が富士見産婦人科病院を医療監視した際、早苗がME検査を実施するのに立ち会ったことがあるが、同所長は、ME検査が違法であることの注意・警告や是正・改善を指示しなかったのみならず、かえって無資格でも医師の指揮・監督下で行えば許されると思わせる言動をとったことから、被告人は早苗がME検査を行うことについて法に触れて違法であるという認識はなく、また違法性の認識を欠いたことについてやむを得ない事情があったというべきであると主張し、被告人及び早苗も公判廷において同旨の供述をしている。そして、小島哲雄所長は、公判廷において、早苗が患者にME検査を実施し無資格診療を行っているなどの情報を得て、昭和五四年二月一日と同五五年二月二五日の二度にわたり富士見産婦人科病院を訪れ、医療監視を行ったが、早苗のME検査が違法であるからやめるように注意しなかったと述べている。しかし他方において、同所長は、当時保健所の行政指導では根本的に改善させることはできないと考え、警察の捜査に期待して指導しなかったと述べ、関係証拠に照らしても当時保健所において早苗のME検査を是認したような形跡は認められないのみならず、右保健所長の医療監視後も、富士見産婦人科病院においては、前叙のとおり、被告人が依頼して、医師の指導・監督の許に早苗のME検査が実施されているような体裁をとるためその能力のないH医師をME主任管理医師に任命し、ME検査に立ち会わせていること等を併せ考えると、被告人が本件ME検査の実施につき違法性の認識を欠いていたとは認められないし、いわんや違法性の認識を欠くについて相当な理由があったものとはとうてい認められない。

所論はいずれにしても理由がない。

第三縫合糸の結紮について

一  開腹手術の縫合糸の結紮

関係証拠によれば、富士見産婦人科病院において実施されていた開腹手術と縫合糸の結紮は次のとおりである。すなわち、富士見産婦人科病院においては、開腹手術を行う場合、被告人が担当予定者を定めて、手術予定表の担当者欄にその氏名を記載して回覧し、右担当予定者が予定表に了承のサインをすることによって各担当者が定められていたが、通常、術者(執刀医)、一助手(医師)、二助手(検査技師又は看護婦)、麻酔医、麻酔助手(看護婦)、器材出し(以上各一名)、出血量の監視、消毒など(二名)のスタッフで実施されていた。そして、術者が中心となって手術を施行し、一助手は執刀中の術者を補助し、二助手は鉤持ちなどを務めていた。本件においてV子が担当していた筋膜の縫合糸の結紮は、開腹をして患部の処置をなし、閉腹するため腹膜を縫合した後、更に筋肉、筋膜、表皮と縫合していく際に術者の縫合した糸を結ぶ作業である。

二  V子が本件縫合糸の結紮を行うに至った経緯等

関係証拠とりわけ、被告人及びV子の捜査段階における各供述によれば、V子が本件縫合糸の結紮を行うようになった経緯は以下のとおりである。すなわち、被告人は、開腹手術において術者を担当する場合、手術の終了まで務めると疲れるうえ、腹膜を縫合すれば手術も山を越えたことになるため、その後の筋肉、筋膜、表皮の縫合と結紮は一助手の医師とこれを補助できる助手に任せたいと思うようになり、昭和五〇年ころより右一助手を補助する者の人選を考えていたが、筋肉、筋膜、表皮の縫合は美容整形的な見地からなるたけ綺麗に仕上げなければならず、年配の看護婦では目が遠かったりして支障があるのでこれを避け、若い看護婦を担当させようとも考えたが、年配の看護婦を差し置いて若い看護婦にこれを任すと、年配の看護婦がそのことを妬むなどして人間関係がまずくなると考え、結局、早苗とその先妻との間の長女であり、当時被告人の秘書をしていたV子をこれにあてることにした。そこで、同女に縫合糸の結紮の練習を指示したうえ、昭和五〇年七月ころから被告人が術者となる手術に立ち会わせ、二助手として鉤持ちをさせるなどして経験を積ませるとともに、V子に前記一助手の補助者として筋膜の縫合糸の結紮を行わせるに至ったものである。

三  本件縫合糸の結紮の概要

関係証拠によれば、本件は、いずれも被告人が術者となって実施された開腹手術に際して行われたものであるが、被告人が開腹の縫合を終え手術室から退室すると、それまで一助手を務めていた医師(その多くはC子医師が担当していた)が術者となり、被告人と入れかわりに手術室に入室したV子が右術者を補助する一助手となり、術者の実施した筋肉、筋膜、表皮の縫合のうち筋膜の縫合糸の結紮を行っていたものである。富士見産婦人科病院においては、右筋膜の縫合は、結節縫合の方法が採用され、本件でも術者である医師が針を創口と直角に一針ずつ通して縫合して行き、これをV子がその都度一木一本結紮し、その後医師において結紮した糸の余りを切りとるという方法で実施されていた。

なお、本件公訴事実には、V子が筋膜の縫合糸の結紮の他に、筋肉の縫合糸の結紮も行った旨記載されており、V子自身、筋肉の縫合糸の結紮も行ったことを認めるかのような供述をしているが、他方、自分が開腹手術に関与するようになったのは、被告人から筋膜の縫合糸の結紮を行うよう依頼されたからである旨供述し、被告人もV子に依頼したのは筋膜の縫合糸の結紮であって、筋肉の縫合糸の結紮はあまり締めすぎてもだめで、力の入れ加減が難しいためV子に対して指示したことはなく、そもそも富士見産婦人科病院では開腹手術の際に筋肉を切ることはあまり行っておらず、もし筋肉を切った場合は自ら縫合し結紮を行っていた旨供述し、C子医師も同旨の供述をしていること等を考えると、V子が本件手術に際し筋肉の縫合糸の結紮を行ったことについては疑問があるので、判示のとおり、筋膜に関する結紮のみを認定した。

四  弁護人の主張に対する当裁判所の判断

1 本件縫合糸の結紮と診療の補助

ところで、弁護人は、右V子がC子医師の許で行っていた筋膜の縫合糸の結紮は、単純な機械的作業であって、衛生上危害を生ずるおそれがないので、保助看法五条等の診療の補助にあたらないと主張するが、前述したとおり、本件筋膜の縫合糸の結紮を糸を結ぶというそれ自体比較的単純な作業であるとはいっても、開腹手術の一部を構成するところの、本来医師が行うべき治療行為であって、これを本件のように医師以外の者が医師の指示を受けて診療の補助として行う場合には、保助看法五条等の診療の補助にあたり、保助看法三一条一項、三二条の適用を受けることはいうまでもない。所論はとうてい採用できない。

2 本件縫合糸の結紮と医師の指揮・監督

また、弁護人は、V子は本件において術者であるC子医師の面前で縫合糸の結紮を行い、しかもV子が結紮したあとC子医師においてこれを確認していたものであって、医師の指揮・監督の許でいわばその手足として関与していたにすぎないから、保助看法三一条一項、三二条違反にならないと主張するが、腹膜の縫合が終わった後であるとはいえ、筋膜の縫合糸の結紮は、前叙のとおり、手術という人体を損傷して行う治療行為を構成する絶えず危険を伴う作業の一環として行われていたものであることに変りなく、その結紮を不完全な場合には縫合不全による実際に重大な危険が発生するおそれのある治療行為であるところ、前記法条の趣旨が公衆の保健衛生上の保護と医療の進歩に伴う診療補助者ら医療関係者の資質の向上保持にあることに鑑みると、その法意にもとる大きな危険のある結紮という治療行為について、医師の手足と同視すべき行為をもって論ずる余地はない。このことは同法三七条一項によっても明白である。しかも、結紮が完全に遂行されているかどうかについては、医師の監督監視のみでは十分把握しきれない面がなかったとはいえない。医師が自ら直接行うか(縫合糸の結紮は、富士見産婦人科病院においても、V子を除けばすべて医師である一助手が担当していた)、看護婦等の医師の診療補助者としての資格を有する者が医師の指揮・監督の許に行うのでなければ患者の生命身体に危害を生ずるおそれのある(保助看法三七条一項)ことは、多言を要しないところであって、右資格のないV子が担当していた本件縫合糸の結紮が、前記三認定のような状況の許で行われていたとはいえ、医師の手足としてなされていたとして、保助看法三一条一項、三二条に違反しないなどとはとうてい認められない。所論は採用できない。

3 V子との共謀について

また、弁護人は、被告人はV子に対し、腹膜の縫合を終えて手術室を出る際、被告人に代わって術者となるC子医師の助手を務めるように指示したが、本件縫合糸の結紮を指示したことはない、被告人としては、退室した後手術室でV子がどのようなことをおこなっていたかは知らないので、本件縫合糸の結紮についてV子と共謀した事実はないと主張する。

そこで検討すると、V子は、捜査段階において、富士見産婦人科病院の手術室で、本件糸結びを行うようになったのは、院長である被告人の指示があったからである、本件を含む各個別的な指示も、被告人の作成した手術予定表によって行われていた、手術予定表に自分の名前が記載されているということは、手術のスタッフになって筋膜等の糸結びをしなさいという指示であると述べ、C子医師も、証人として、富士見産婦人科病院に就職した当時、V子はすでに開腹手術の際の創部縫合に伴う縫合糸の結紮を行っていた、V子が資格のないことは知っていたが、被告人から、縫わせる訳でないし、糸結びだけだからたいしたことはないと言われたため敢えて異を唱えなかった、手術担当者の人選はすべて被告人が行い、手術予定表にその旨記載して各手術担当者に指示していたもので、V子に縫合糸の結紮を指示したのは被告人である旨明確に供述しているものであり、右各供述内容は具体的かつ詳細であって相互に符合し、G臨床検査技師の供述等関係証拠とも一致し十分信用できる。なお、被告人は、公判廷において、V子の本件糸結びは自分が指示したことはなく、C子医師の指示によるものであると述べ、V子、P子らも公判廷では右と同旨の供述をしているが、被告人は、前認定のとおり、V子に対し結紮の練習をしておくよう指示していること、本件において、V子が手術室に入る段階で手術に関し残った主な作業は、筋肉、筋膜、表皮の縫合であり、被告人がわざわざ退出した後にV子を一助手として立ち会わせたのは、本件縫合糸の結紮以外に考えられないこと、手術の補助者は予め役割分担が定められたうえ手術室に入るものであり、被告人が退出後にC子医師により初めてV子の本件結紮を指示したというのはいかにも不自然、不可解というほかないのであって、これらの諸点を併せ考えると、右被告人及びV子の公判供述はとうてい措信できない。

以上の次第で、被告人はV子に対し本件各縫合糸の結紮を行うよう指示し、V子において右指示を受け、互いに意思を通じたうえ、C子医師ら術者の実施する本件各縫合糸の結紮を行っていたことは明らかであり、所論は採用の限りでない。

4 違法性の認識

弁護人は、被告人はかつて厚生省などから医師が危険のない範囲で無資格者を自己の手足として使うことは許されると言われたことがあったので、V子にC子医師の助手として本件縫合糸の結紮を手伝わせても許されると認識していた旨主張し、被告人も公判廷においてこれに沿う供述をしている。

しかしながら、被告人は、捜査段階において、V子の本件縫合糸の結紮が許されないことを明確に認める供述をしているのみならず、本件縫合糸の結紮は、前記のとおり、開腹手術の一環として行われたものであって、富士見産婦人科病院においても、もともと一助手のC子医師ら富士見産婦人科病院の医師が、術者である被告人を補助して自らこれにあたっていたものであること、また、C子医師自身、無資格者であるV子が同医師に代って縫合糸の結紮を行うについて当時危惧の念を抱いていたが、院長である被告人の指示により行なわれていたので敢えて異を唱えなかったと述べていること、前記V子が本件縫合糸の結紮を行うに至った経緯等を併せ考えると、被告人において無資格のV子が本件縫合糸の結紮を行うことを許されるものと認識していたとはとうてい認められない。所論は採用されない。

第四心電図検査について

一  心電図検査

押収してある心電図のコンピューター解析、心電図自動診断装置取扱説明書、心電計資料等により認められる心電図検査は以下のとおりである。すなわち、心電図検査は、患者の身体に四肢誘導電極を及び胸部誘導電極を取り付け、右電極によって捉えた心臓の収縮に伴う活動電位の時間的変動を身体の二点の差として記録し、その得られる波形の時間的関係の異常から不整脈や興奮伝導障害を知り、また、右波形の大きさや形の変化などから心筋の種々の状態を判定する心臓機能検査方法のひとつであり、不整脈・興奮伝導障害の診断、心筋梗塞など冠状動脈疾患・心筋炎・心膜炎などの診断、左右心房・心室の肥大の判定、ジギタリスなど薬物の作用・電解質代謝異常の判定、あるいは内分泌疾患の診断などに利用されている。ところで、右検査は心電計によって実施されるところ、従来の心電計は前述した波形をグラフに記録し、よって得られた心電図を医師が判読し、これを診断の資料として用いていたのであるが、本件病院が昭和五四年一月購入した心電計(ミネソタコードコンピューター付きのもの)は、検査結果を従来の心電図により報告する外、右心電図の判読を個人差の生ずる医師の判読に任せず、予め客観的に定量化した分類方法に基づき、コンピューターに心電図の解析を行わせ、正常、ほぼ正常、異常の疑い、わずか異常、異常、病的などにランク付けすることによって心臓機能を判定する装置であった。

二  W子が心電図検査を行うに至った経緯等

被告人及びW子の捜査段階における各供述、H及びC子各医師の各証言によると、W子が本件心電図検査を担当するようになった経緯は以下のとおりである。すなわち、富士見産婦人科病院において、心電図検査は当初G臨床検査技師が担当していたが、被告人は、右G臨床検査技師が多忙であるうえ、同検査技師の検査方法が粗雑であると考えていたことから、昭和五四年一月操作の比較的簡単な心電計(ミネソタコードコンピューター付きのもの)を購入したのを機に、同検査技師に代えて、被告人の姪で、同五三年五月から本件病院に勤務し、被告人の秘書を務めていたW子に心電図検査を担当させ、併せて同検査のデータの管理をH医師に担当させようと考え、W子に対して今後心電図検査を担当してもらうのでH医師と新しい心電計を納入した業者からその操作方法を教わるように指示すると共に、H医師に対して検査データをチェックするよう指示し、医局会議においても同様のことを伝達した。W子は右被告人の指示に従い心電図検査を行うようになり、その後同五五年九月上旬までW子において本件心電計を操作して心電図検査を行っていたものである。なお、右W子の心電図検査に対し、当初右のとおりH医師が、同五五年二月以降はC子医師がそれぞれ被告人によって管理担当医師に任命されている。

三  本件心電図検査の概要

関係証拠によれば、W子が実施していた本件心電図検査の概要は以下のとおりである。すなわち、心電図検査は本件富士見産婦人科病院において術者A検査などと呼ばれていた検査に含まれ、被告人など同病院の担当医師がW子に心電図検査を依頼する場合は、カルテの医師指示録欄に術者Aと記載したり、検査伝票に心電図検査を実施するよう記載して指示をなし、これを受けて婦長が患者をW子のところへ連れて行き、同女による心電図検査が行われていたものである。W子は、月曜日から土曜日まで毎日富士見産婦人科病院に出勤し、従来どおり院長秘書を務めながら、心電図検査の指示があると随時検査を実施していたものであって、昭和五五年二月ころまで富士見産婦人科病院三階のリカバリー室において、その後は同病院三階の入院患者用の内診室において行っていたが、心電図検査を行う旨の電話連絡を受け、検査伝票を受け取ると、患者とともに検査室へ行き、右検査室において患者の上半身の衣服を脱がせたうえベッド上に仰向けに横たわらせ、患者の胸部六箇所にクリームを塗り、その箇所に胸部電極を吸盤によって取り付け、更に両手足首に四肢電極を取り付け、心電計の操作ボタンを押すという手順で検査を実施していたが、心電計の操作ボタンを押せば、後は自動的に機械が作動し検査データが出て来る仕組みになっていた。また、負荷心電図を必要するときは、患者に富士見産婦人科病院三階と四階の間の階段を早歩きで五往復してもらい、そのうえで右のとおり検査を行った。なお、検査の際、患者が緊張したり、深呼吸をしたり、体を動かしたりすると、正確な検査結果が得られないので、そのようなことのないよう患者に注意を促したうえ検査を実施した。検査データは波形が記録されたグラフと機械自体が判定した結果を記載した用紙であるが、W子は右グラフを台紙に貼付し、また、検査結果コードの印刷されている別の台紙に右判定結果を記載した用紙を貼付し、これとともに検査伝票に患者の氏名のほか担当者の氏名としてW子のサインをしたものを管理担当医師のもとへ持参し、点検のチェックを受けたうえ、担当医師に回付していたものである。

四  弁護人の主張に対する当裁判所の判断

1 本件心電図検査と診療の補助

ところで、弁護人は、右W子が実施していた心電図検査は、単なる臨衛法上の検査であって、保助看法五条等の診療の補助にあたらないと主張する。

そこで検討すると、心電図検査自体が臨衛法施行令一条一号の検査であることは所論のとおりである。しかしながら、関係証拠によれば、W子は本件心電図検査を保助看法五条等の診療の補助として行っていたものと認められる。すなわち、W子は、前記のとおり、担当医師である被告人から検査指示を受け、医師の診断・治療の参考資料を提供するため本件心電図検査を実施し、その結果得られたデータを同医師に回付し、医師においてその結果を実際に診療の資料として利用していたものであって、本件心電図検査は、前記ME検査と同様、医師の診療の一環として行われていたものである。しかも、心電図検査は前記のとおり装置を人体に取り付け、人体そのものを検体として、循環器の異状の有無、その程度等を判定しようとするものであって、本来医師が行うべき医行為であり、これを医師以外の者が医師の指示を受けて診療の補助として行う場合には、保助看法五条等の診療の補助にあたり、保助看法三一条一項、三二条の適用があるものと解される。

なお、弁護人は、W子の実施していた本件心電計は、従来のものと異なり、操作が簡単であるのみならず、人体に無害であるから、保助看法五条等の診療の補助にあたらないとも主張しているが、後述するとおり、正確な検査結果を得るためには、検査に際し患者に対し種々適切な指示を与える必要があるうえ、電極などの取付や操作方法如何によっては誤った検査結果を得る危険があり、少なくとも看護婦、臨床検査技師等診療補助者としての資格を有するものが、医師の指示あるいは指導監督の下に行うのでなければ、患者の診断・治療に重大な結果を生ずるおそれがあることは明らかである。

所論はいずれも理由がない。

2 本件心電図検査と医師の指示、指揮・監督

また、弁護人は、W子の実施した本件心電図検査は、担当医師である被告人の指示を受け、管理担当医師の指揮・監督の許にその手足として行われていたものであるから、保助看法三一条一項、三二条に違反しないと主張する。

そこで検討すると、Y子が担当医師である被告人からの指示を受けて、本件心電図検査を実施していたことは所論のとおりである。しかしながら、関係証拠を総合すれば、W子は本件心電図検査を医師の指揮・監督の許に行っていたとか、医師の実施する心電図検査について単にその手足として関与していたにすぎないというものではなく、W子自ら心電図検査の実施主体となりこれを行っていたものと認められる。すなわち、被告人は、前述したとおり、W子に対しては、単に医師指示録に術前Aなどと記載することにより、心電図検査の実施を依頼するにすぎず、その他、特に何らの指示を与えていた形跡はない。また、各管理担当医師の本件心電図検査に対する管理状況も、当初しばらくW子の実施する検査に立ち会ってはいたものの、自ら心電計を操作したりW子に指示することはなく、W子が心電計を操作するのをみているにすぎなかったものであり、しかも、立ち会っていた期間も、H医師の場合は昭和五四年一月の約半月間であり、C子医師の場合は同五五年二月ころ一、二週間程度であり、その後は、右両医師とも立ち会うこともなく、別室でW子が実施した心電図検査の検査結果を記載した検査伝票に目を通した旨のチェックをするのみであった。これに対し、W子は、自ら心電計を操作して検査を実施し、その責任の所在を明らかにするため検査伝票に自己のサインをなし、また、負荷心電図を必要とするときは、W子自ら患者に指示をして富士見産婦人科病院三階と四階の間の階段を早歩きで五往復させたうえで検査を行い、また、検査の際、患者が緊張したり、深呼吸をしたり、体を動かしたりすると、正確な検査結果がえられないことから、そのようなことのないよう各患者に注意を促したうえ検査を実施していたものであって、W子が心電図検査の実質的な担当者であったことは明らかである。

以上のとおりで、医師である被告人からW子に対する本件心電図検査の指示は、検査の依頼にすぎず、また、W子の心電図検査を管理するための医師が一応任命されてはいたものの、同医師は本件心電図検査については検査終了後別室で検査伝票をまとめてチェックしていただけで、検査そのものはすべてW子に委ねていたものであって、同女が自ら実施主体となって本件心電図検査を行っていたことは明らかである。そうすると、前記弁護人の主張はその前提において失当であるのみならず、無資格者であるW子による本件心電図検査が、保助看法三一条一項、三二条に違反することはいうまでもない。所論はとうてい採用できない。

3 W子との共謀

弁護人は、被告人は、本件病院が、昭和五四年一月新しい心電計を購入したのを機に、H医師に心電図検査を担当させ、W子には、患者の案内、H医師との連絡、検査後のデータの整理、機械の後始末などの事務の助手をするよう指示したものであり、W子に心電計の単独操作を許したことはなく、同女が心電図の検査をしていることも知らなかった、W子が単独で心電計を操作するようになったのは、被告人が指示したものではなく、心電図検査を担当していたH、C子各医師の指示によるものであり、被告人がW子と本件心電図検査の実施について共謀した事実はない旨主張し、被告人及びW子は、公判廷において、右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、W子は、捜査段階において、富士見産婦人科病院に新しい心電計が設置された昭和五四年一月ころ、被告人から今後心電図をとるように指示されるとともに、心電図の管理担当医師をH医師にするので同医師に検査データをチェックしてもらい、また、H医師、納入業者等に心電計の操作方法を習いこれを習得するように言われ、心電図検査を開始した同五四年一月中は検査の際に同医師が立ち会ってくれたが、その後は自分一人で検査を行った、同五五年二月ころ、管理担当医師がC子医師に代わったが、同医師も一、二週間程度心電図検査に立ち会ったのみで、以後は一人で検査した、担当医師からの心電図検査の指示は医師指示録及び検査伝票に記載することによりなされていたが、本件一六回の心電図検査はいずれも被告人の指示を受けて実施した旨述べている。また、H医師は、ミネソタコードによる心電計が備えつけられた昭和五四年一月、被告人の指示でW子が心電図検査を担当することになり、その旨被告人から医局会議で各医師に伝達された、その際W子が無資格であったため、他の医師から異論がでたが、操作が簡単であると被告人が述べたことから、被告人の意向どおりW子が心電図検査を行うこととなったと述べ、C子医師も、昭和五四年一月被告人の指示でW子が心電図検査を担当することになり、被告人の口から医局会議の席で説明をうけた、心電図検査の管理担当医師は、昭和五四年一月から同五五年二月まではH医師、それ以後は自分であったが、管理の内容は心電図検査の結果に事後にサインするだけで検査自体はW子が一人で実施していた、被告人から心電図検査の管理を担当するように言われた際、被告人からは、忙しくないときだけ立ち会って欲しいと言われただけで具体的にどのような管理をすべきか何の指示もなかったと述べ、更にG臨床検査技師も右各供述内容に沿う供述をしているものであって、これらの事実を併せると、被告人がW子に対し、本件各心電図検査の指示をなし、W子において右指示を受け、互いに意思を通じたうえ、本件各心電図検査を実施していたことは明らかであり、被告人及びW子の前記公判供述はとうてい措信できない。所論は理由がない。

4 違法性の認識

弁護人は、被告人は、本件心電図検査は人体に無害であって、管理担当医師の指揮・監督の許で行うのであれば、資格のないW子がこれを実施しても違法ではないと考えていた、また、管理担当医師において責任をもって直接指揮・監督をしてくれているものと認識していたので、被告人にはW子が本件心電図検査を実施するについて違法性の認識ないしその可能性がなかったと主張し、被告人も公判廷においてその旨供述している。

そこで検討すると、心電図検査そのものは適切に実施されるかぎり特に人体に危害を及ぼすものでないこと、本件心電計は従来使用されていたものと比べ、前叙のとおり、操作が簡単であることは所論指摘のとおりである。しかしながら、関係証拠によれば、本件心電計はアースが確実にとれていないと、交流電流が心電波形に入り誤診の原因にもなり、使用方法如何によっては危険性の伴う検査と認められる。また、W子は、負荷心電図を必要とするときや、正確な検査結果を得るため、検査に際して患者に種々注意を促したうえで検査を実施していたものであり、右指示が適切でないと、誤った検査結果を得ることになり、右のような患者に対する指示は少なくとも看護婦などの診療補助者としての資格を有する者が行わなければ衛生上の危険を生ずるおそれがあることは容易に想像できる。被告人は富士見産婦人科病院の院長として診療業務を統轄する立場にあった者であり、本件心電図検査においても、G臨床検査技師の検査に問題があったためにW子に本件心電図検査を担当させるようになったことを考えると、右に述べた心電図検査にともなう危険性については十分認識していたものと認められる。加えて、W子の本件心電図検査に対する管理担当医師たるH、C子各医師の指揮・監督の実態は、前叙のとおりであり、しかも被告人においてそのことを十分承知のうえでH・C子各医師を管理担当医師に任命していたことは関係証拠上明らかであって、被告人において無資格者であるW子による本件心電図検査が許されるものと認識していたとはとうてい認められない。被告人の前記公判供述は措信できず、所論は採用できない。

その他、弁護人が本件各行為について、被告人に違法性の認識ないしその可能性がなかったと主張する諸点を検討するもいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも刑法六〇条、保健婦助産婦看護婦法四三条一項一号、三一条一項、三二条(判示第一の事実については、さらに同法六〇条一項)に該当するので、その所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人の負担とする。

(量刑の理由)

本件は、当時埼玉県下でも有数の規模を有していた本件産婦人科病院において、院長である被告人が、判示のとおり、医療上の資格の全くない夫やその実子及び被告人の姪とそれぞれ意思を通じ、これらの者をして、長期間にわたり、診療に訪れた患者について、診療補助業務であるME検査、開腹手術の際の縫合糸の結紮及び心電図検査に従事させたという悪質かつ重大事案である。

病院あるいは診療所は、健康を害し身体に異常を自覚し、不安を抱いた患者が、医学上の専門的能力を備えた有資格者による診療を受けるために訪れる場所であり、また、そこで資格を有する専門家による医療が施されることは社会的な制度としても保障されているところであって、このことは現在の診療業務の前提であり、また根幹をなすものであるといってよい。しかるに、被告人は、本件において、医師や法定の資格を有する診療補助者にのみ許された本件各診療補助業務につき、それまで担当していた医師や臨床検査技師に代えて、医療上の資格も経験も全くない夫や身内の事務職員をして、わずかな期間、指導しただけで従事させていたものである。ことに医師であり、かつ本件病院の院長として医療業務が適正に行われるよう率先して指導し監督すべき地位にあった被告人が、自ら無資格者に指示して診療補助業務を行わせていたことについては、厳しく非難されて然るべきである。

被告人は、右の点に関し、ME検査についてはそれまで担当していた医師から診療業務が多忙となったので右検査業務をはずしてほしいとの申出があり、縫合糸の結紮については看護婦の能力や看護婦同志の人間関係を考慮して身内の者に担当させざるを得なくなったと述べ、また、心電図検査については担当していた臨床検査技師の検査が杜撰で評判がよくなかったため姪に担当させたと弁解するが、右のような理由ないし事情が本件無資格者による診療補助業務を何ら正当化するものでないことはいうまでもない。

また、被告人は、本件各担当者はいずれも有資格者以上にそれぞれの診療補助業務について能力があり、患者に危害を及ぼすようなおそれもなかったので関与させたとも弁解しているが、無資格者を医師や法定の診療補助者の助手として使用するのであれば格別、本件のように医学的判断や技術を必要とする診療補助業務そのものに従事させるについては、前叙のとおり、診療補助者としての資格が必要であることは明らかである。右のような被告人の弁解は、診療補助業務を、専門的教育を受け国家試験に合格した看護婦、看護士、臨床検査技師等の有資格者に制限し、もって適正な医療が施されることを保障しようとする保助看法を無視した暴論というほかない。医学上の専門的知識と技術を必要とする医療業務においては、無資格者は主観的にいかに知識を習得し経験を積んだといっても無資格者にすぎず、総合的に有資格者に匹敵するだけの能力があるものと認めることはできない。加えて、被告人は、本件においてそれまで担当していた有資格者にかえ、あるいは有資格者をさしおいて無資格者である身内に診療補助業務を担当させ、また、ME検査については、早苗においてにせ医者であるとの噂が立つや、同人が医師の実施するME検査に助手として関与しているかのような体裁をととのえるため、名目上のME主任管理医師を置いて、早苗の無資格検査を隠蔽したうえ、従来通り、ME検査を担当させていたものであるが、右は医療を私物化し冒涜するものであって、医療はいかなるところでも適正に施されているという国民が医療業務に対し寄せてきた信頼を裏切る背信的行為といわざるを得ない。

更に、本件各無資格診療補助は、前叙のとおり、長期間かつ多数回にわたって行われたものであるが、ME検査については昭和四八年八月から約七年間にわたり、縫合糸の結紮については昭和五〇年七月から約五年間にわたり、また、心電図検査については昭和五四年一月から約一年半にわたってそれぞれ継続して実施されていたものであり、本件起訴にかかるものはその一部にすぎない。そして、右各無資格者による診療補助は、いずれも緊急事態において有資格者が不在であるとか、法定の診療補助者が不足していたために已むを得ず行われていたというのではなく(被告人自身も、本件病院では、他の病院に比べ、設備は勿論、医師、看護婦、准看護婦等の医療関係スタッフについても十全を期し、万全の態勢がとられていたと述べている)、本件無資格者の名前が診療予定表に予め記載され、通常の診療システムに組み込まれて実施されていたものであって、大胆かつ悪質極まりない犯行というべきである(なお、右の点について若干付言すると、本件病院における医師の中には、無資格診療補助を含む診療のあり方について、疑問や危惧の念を抱きながらも、被告人が院長の立場にあったために敢えて異を唱えなかった旨述べている者もあり、夫が理事長であり本件関与者が被告人の身内であったため不正を糺すことを逡巡させ、無資格者による診療補助業務を継続させる結果にもなったことが認められるが、本件が患者の健康、医療に直接かかわる事柄であるだけに、医療に従事するものとして、高度の倫理性を期待されている医師が、被告人らの本件不正に対し、適切な忠告をなし、無資格者による診療補助業務を阻止できなかったことは誠に残念である)。

また、本件ME検査及び心電図検査の結果は、いずれも本件病院における診断の資料として実際に利用され、また縫合糸の結紮については治療行為の中でも危険性の高い開腹手術の一環として行われたものである。無資格者による本件診療補助により、患者において現実に如何なる危害が発生したかについては証拠上必ずしも明らかではないが、前叙のとおり、少くとも患者の生命・身体に危害を及ぼすおそれの存したことは明らかである。そして、本件病院における無資格診療補助を含む一連の疑惑が医療に対する社会的な疑惑にまで発展し、患者はもとより、医療関係者に与えたであろう影響も軽視することができない。加えて、被告人は、捜査段階において、本件各事実を認め、反省の意を表明していたが、本件が起訴されるや否認に転じ、弁疏に弁疏を重ねて自己の行為を正当化しようとするなど真摯な反省の態度は認められず、これらの点をも併せ考えると、被告人に対し厳しい刑罰をもって臨むことも十分考えられるところである。

しかしながら、他方において、本件各患者につき、無資格者による本件診療補助行為が明らかに原因となって重大な事態が発生したという事例は証拠上認め難いこと、本件発覚後、本件に関連する記事が新聞などによって大きく報道され、本件病院は閉鎖され、また、被告人自身保険医としての指定が取消されるなど、既に相当の制裁を受けたものと認められること、被告人には前科前歴が全くないこと等被告人に有利な事情も存するので、これらの事情をも総合考慮したうえ、被告人に対しては、主文掲記の刑を量定し、その刑の執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三井喜彦 裁判官 羽渕清司 裁判官 山田陽三)

<以下省略>

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